半月後のわたしが今のわたしと同一人物という保証はどこにもない
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Twitter / 谷山浩子: ほしいなら半月待てばいいのに。という声がきこえてきま … (via freedomcat)
以前引用したことあると思うけど、一人格の通時的な同一性って実は法哲学でも真面目に扱われる問題です。
人は時の経過と共にたえず変わっていく。今の私は昨日の私とは少しだけ違う人物である。ましてたとえば四半世紀前の私は、今の私にとってはほとんど他人のようなものである。そして人格の通時的(時間をこえた)同一性が曖昧なものならば、異なる人の間の別個性もさして重要ではなくなる。人格間の別個性と同一人物の時間的不連続性との差は程度の問題である。(森村進『権利と人格―超個人主義の規範理論 (現代自由学芸叢書)』 pi)
(via imusayo)